67.「ノウハウ」を形に、独立の道へ

複雑な話だが、ハミングバードの社長様と総代理店が契約したのは、アメリカ(と聞いている)。
アメリカのカリフォルニア州の法律で契約した内容および対象となる権利は、日本における日本の法律に照らしあわせて決定されるのだそうだ。
だから、アメリカでの権利がそのまま有効になるとは限らないらしい。日本人同士であっても国をまたぐと、法律の世界では事情が複雑になるのだ。 続きを読む

66.日本の特許事情

S先生にお会いするまでは、ルナの口そのものであるあの「8つの口の絵」がなければ何もできないように思っていた。
しかし、S先生にお会いして、自分でオリジナルの方法を見い出す方向(この時にはもう、ハミング発音スクールのオリジナルはあったのだが・・)に話が進んでいった。 続きを読む

65.国際弁理士S先生との出会い

そして私たちはハミング発音スクールを発展させるため、弁護士さんに相談しはじめた。
色々と相談した上、国際特許に詳しい弁理士さんS先生を紹介してもらった。
S先生の事務所は立派なビルで、かなりの数の社員さんが働いており、国際的にも活躍している。 続きを読む

64.ロスのハミングバード特許の話

調べて分かったことは、「特許」でも「契約」でも国が違うだけで大きな違いがあったことだ。
ロスのハミングバードの社長様は、本業としてはコンピューターの会社を経営している。社長様は、福岡生まれで、16歳でアメリカに渡ったらしい。両親や祖父母もアメリカで育ったようだ。 続きを読む

63.いざ法律の世界へ

この事件の時、すでに代々木で発音スクールを開校して2年が経っていた。
生徒さんの数も増え、講師数も教室数も拡張したいと考えていた時の出来事だった。
しかし、あの悪夢の3日間の話し合いで、「代々木校の既得権は認めるが、代々木以外での新規開校はだめ。」 続きを読む

62.悪夢の3日間・3日目その後、独立の道は?

怒涛のような3日が過ぎたが、その後ものんびりはしていられない。今後の歩むべき道について議論を重ねた。
1996年に日本で始めてハミングバードを開講した時(以前お話したように、実際はもっと前にハミングバードが日本に上陸し、1年間ほどレッスンを行っていた方がいたのだが。)、ロサンゼルスの学校の流れで、ロスで作られた2時間ほどのビデオテープ7巻とテキストをセットで教材として使用していた。 続きを読む

61.悪夢の3日間・3日目

やっと眠りにつけた4時間後には、ふたたび学校でO氏と向かいあっていた。
2000年春には、総代理店が学校を開くことになっていた。
その時に、基本的に詳細は話し合いの上、傘下に入るということで長かった話し合いは幕を閉じた。 続きを読む

59.悪夢の3日間・2日目その6 「もう学校は閉めなさい。」…

2日目の夜、O氏との話し合い後、夜中からまた父と主人と3人の話し合いがはじまった。

すでに丸一日24時間寝てない私たちは、頭がボーとしていた。父はやはりハミング発音スクールを継続することには反対した。「もうどうしようもない、あきらめなさい。」という父の言葉。私はこれまでのことを振り返っていた。 続きを読む

58.悪夢の3日間・2日目その5 では総代理店となる学校って?… 

総代理店は、今まで英語業界には無縁だったという企業。
「契約しました。そして総代理店になりました。」というところまで話は分かったのですが、現在学校があるわけでも、講師がいるわけでも、ノウハウがあるわけでもない状態だった。だから、話し合いでは「はい我々がフランチャイズの親です。従いなさい。」という説明に対し、「では親分として具体的に何をしてくれるのですか?」という話が続いたようだ。 続きを読む