ハミング発音スクール 誕生秘話

24.国際弁理士S先生との出会い

そして私たちはハミング発音スクールを発展させるため、弁護士さんに相談しはじめた。
色々と相談した上、国際特許に詳しい弁理士さんS先生を紹介してもらった。
S先生の事務所は立派なビルで、かなりの数の社員さんが働いており、国際的にも活躍している。

緊張しながらお会いしたら、なんと女性の方だった。もともと大きな弁理士事務所に所属していたのだが、独立して今の事務所を立ち上げたという。
話を聞けば聞くほど、経験も実力も兼ね備えた立派な弁理士さんであることが分かり、恐れ多かった。

私たちのようなちっぽけな話に真剣に耳を傾けていた。

しかも、部下の方に任せることなく、直々に何度も何時間もお話していただいた。

S先生との出会いは私にとって劇的だった。

今のハミング発音スクールは、このS先生の力添えあっての発展だとも言える。

特許や著作権の話から離れ、S先生が独立したころに起こった問題や、女性ゆえの苦難などのお話しもしてくださった。

私は、その当時大きなお腹を抱えた27歳の小娘。

「何かをやりたい」という気持ちなど、S先生のお若い頃と重なることがあったらしく、熱心に応援してくださった。最後には大きくなりなさい。と励ましてくださった。

S先生にお会いするまでは、ルナの口そのものであるあの「8つの口の絵」がなければ何もできないように思っていた。
しかし、S先生にお会いして、自分でオリジナルの方法を見い出す方向(この時にはもう、ハミング発音スクールのオリジナルはあったのだが・・)に話が進んでいった。

私が一番気になっていたのは、やはり特許の問題だった。

ロスのハミングバードはアメリカ特許を取得しているのだから、日本での総代理店が出来た今使うことは許されないのではないかと思っていたのだ。

しかし、なんともあっさり、特許は海を越えない。

国別なのだ。アメリカで取得していても、日本ではまったく関係ないこと。

そもそも、日本とアメリカでは特許の考え方がまったく違った。

実際に、1997年帰国してすぐハミングバードの社長様の許可を得て、アメリカ特許を取った内容とまったく同じものを日本でも特許申請したが、却下されたのだ。

日本で認められる特許は、「物の発明」でないとだめなようだ。(平成10 年ごろから「ビジネスモデル特許」というものができたらしいが日本において特許権を取得するハードルは高いようだ。)

だから、だから、全世界でビジネスを展開したい場合は、あらゆる国に特許を同時に申請するのだそうだ。(すごい費用!)

複雑な話だが、ハミングバードの社長様と総代理店が契約したのは、アメリカ(と聞いている)。
アメリカのカリフォルニア州の法律で契約した内容および対象となる権利は、日本における日本の法律に照らしあわせて決定されるのだそうだ。
だから、アメリカでの権利がそのまま有効になるとは限らないらしい。日本人同士であっても国をまたぐと、法律の世界では事情が複雑になるのだ。

 さて、話はS先生との話しに戻る。悲しいことに、日本では「ノウハウ」を守る手段はないのだという。
確かに「ノウハウ」って形にするのはむずかしい。

日本でノウハウを守るのには、著作権くらいしかない。

だから具体的な教授法を本という形にして、著作権を登録する方法があるということを教えてもらった。

最終的にS先生の話の結論は、「あなたたち、自分たちオリジナルのものを作りなさい。自分たちでがんばりなさい。8つの口の絵はイラスト程度なので、自分なりにデザインをし直せばそれほど問題ない。加盟店になるということは、今まで通りにはいかないのだから、オリジナルのものを作って自分たちで頑張りなさい。」ということでした。

そう言われるまで、オリジナルメソッドなんて形にしようとも思っていなかったし、できるとも思っていなかった。

でもS先生が背中を押して下さったおかげで、私たちの新しい挑戦が始まった。

そして、大きな夢を持つようになった。それからオリジナルメソッド完成に向け、長い道のりが始まったのです。

何度も事件がおこり、くじけそうになり、(翌年から社長と私が順に厄年だったせいか、今までにないとんでもない年が続いた)、辛い日々が続いた。

しかし、傍にいてくれた先生や多くの生徒さんに助けられながら、新しいアイデアがどんどん湧き上がり、今のハミング8メソッドができあがったのだ。

そして、ハミング8メソッドが出来上がって終わりでなく、また新しいプロジェクトへの歩みが続くようになった。

S先生に出会ってから、ハミング発音スクールは新しい成長を続けているのだ。

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まゆみ
ハミング発音スクール代表の大庭まゆみです。