ハミング発音スクール 誕生秘話

10. 1997年夏 帰国そして初上陸のハミングバードへ

帰国後、5年ぶりに戻った実家を1週間そこらの滞在で東京に向かった。

東京での住まいは、親戚の家に居候することに。幸い、住まいが池袋だったので、山の手線に乗れば行きたい所には着いた。

そしてまずは、S氏を訪れた。歩けば恵比寿駅から2、3分の所だったが、訪問前に少し辺りを探検。

ところが、2時間うろちょろして、元の場所に戻れなくなり、コンビニで大きな地図を購入し大奮闘。(方向音痴は今も治らない。)

そしてやっとの思いで、S氏の経営する発音矯正学校に到着。

看板は出せないということもあって、分かりづらかった。

それは綺麗なマンションの1室だった。教室らしきものが1つあり、受付と教室をパーテーションで区切っていた。

その時はS氏が会社を設立して10ヶ月近く経った頃だと思う。始めの2,3ヶ月は準備に時間がかかったようで、ちょっと教室らしくなってきたところだった。

私はこうして東京でのハミングバード開校事業に足を踏み入れた。

私が訪れた8月初旬、生徒数は11人。

半分は知り合い。私が恵比寿を訪れた時には、講師としてHさんとFさんの2人がいた。

2人ともロサンゼルスハミングバードでの私の生徒さんだった。

Fさんは恵比寿からは3時間かかる筑波に住んでいたので、まさか東京まで出てくるとは思っていなかったのだが、彼女も発音矯正に魅了され週に何回か通っていた。

生徒数11人に、すでに講師が2人。

私は必要ないのではないか?というか、いればS氏の負担になるのではないか?とためらったが、方向性が決まらないまま毎日恵比寿に通いはじめた。

そして2人の先生のトレーニングをしてみたり、PCに向かって生徒さんのカルテを作成したり、東京での集客方法を考えた。

2人の先生にも意見を聞くと、「ああしてみたい。こうすればいいのではないか。」という案がいくつかあったが、S氏は本業が忙しく実際会えるのは1週間、ひどいときは2週間に1回。

やっと会えて相談しても、答えが来るのにしばらくかかる。

恵比寿校の維持費、人件費などお金はかかるばかりなので、思い切れないのは無理がなかったろう。

東京で広告をするのは半端な金額ではなかったのだ。

S氏は一人貯金をはたき、頭をかかえていたのだった。

私たち3人は色々考えた。

そして、結論として「固定した給料はいらないから、2,3ヶ月任せてほしい。そして得られた利益から維持費を払い、余ったら人件費として分配するのはどうか。」という提案をだした。

(その時の生徒数でそれが可能かどうかは疑問だったが、私たちは1人でも多くの人に伝えていきたい気持ちでいっぱいだった。そして、自分達の思っていることを行動にうつしたかった。)

しかし、S氏は自分が中心となって、東京で4、5校のハミングバードを展開するのを夢だったようだ。(とはいえ、本業が忙しくやっていけるのか疑問に見えたが。)

そして結局、私たちの提案は却下されたのだった。

ロサンゼルスのハミングバードの社長様は、きっと賢いのだろう。
S氏の学校はただのモデル校として確保しつつ、他に資金力、ノウハウのある企業を探していたのだ。
(・・S氏が広げようとして頑張っている最中だったので、「世の中お金、経済力なのかな・・」と悲しい現実を見ました。)

8月下旬、社長様が来日。

私は、大宮で塾の経営をしているというT氏を紹介された。

社長様いわく、T氏は手広く塾経営を行っているので、集客、フランチャイズのノウハウはもっている、とのこと。

以前にも、日本でハミングバード開校希望というT氏のような人にたくさん会った。

今は一体どうしているのだろうか・・・。

T氏は大丈夫なのだろうか・・・。

大宮駅から徒歩5、6分だろうか。

今は誰も使ってないという教室のようなオフィスがあった。

T氏は50代ぐらいだろうか、確かにFC(フランチャイズ)ノウハウはあるような話ぶり。
すごいパワーで一方的に話す。「この場所は使っていないから、好きに使いなさい。維持費は心配しなくていから、明日からでもやりなさい。 」とこちらが口を挟む間もなく話し続けた。しかし、あまりにもよすぎる話。

逆に私は引いてしまった。

そのまま返事はせず、何度かT氏にお会いした。

社長様は「T氏に任せれば大丈夫。結果報告はよろしく。」

と、アメリカに帰っていった。

ある日、ひょんなことから、大宮の教室の真のオーナーという人に出会った。

T氏がオーナーと聞いていたのに??? 

彼いわく、T氏とともには大宮でコンピューター関係の仕事をしていたが失敗。

T氏のFCに参加し、仕事を立ち上げ、半年で倒産してしまったらしい。

そんな時、「留学から帰ってきた女性が、英語学校を開きたがっているので、オフィスを貸せばいい。」と提案したそうだ。

そして、その話の続きはこうだ。「留学から帰ってきたって、この世の中仕事なんてないんだから、3ヶ月で20万円ぐらい払えば喜んでやるよ。

あたればラッキーだ。」という話をしていたらしい。

確かにそれは現実かもしれない。

5年も留学して、ただ「英語がしゃべれます」という人は捨てるほどいる世の中だ。

日本企業は下手に留学かぶれしている人は雇いたくない、という話もよく聞く。

だから仕事先なんてないに決まっていると、思われても仕方がないかもしれない。

それにしても大人の世界は裏表がありすぎる。ショックを受け、それ以後、T氏とは会わなかった。

そして私はまた毎日恵比寿に通い、何よりも指導教案を作ることに力を入れた。
ロスにいた時も、社長様から私の教え方を紙面にして、教案を作るように言われていた。
(当時は時間的に無理だったので、何も作らなかったのだが。)
また、ロスにいたある日、レッスン中、ビデオカメラをもって社長様が教室へ侵入してきて、教え方を撮っておきたいと言われたこともあった。
かなり勝手に自分で工夫してレッスンをしていたが、レッスンの仕方や内容を次に育てる先生に見せたいというのだ。

どうやれば、あんなに生徒さんが上達するのか、どういう授業をしているのか大変興味を示してくれていたようだった。
(私としては、すごい自分勝手なレッスンをしていたと思うのだが。)

そのロスでできなかったことを、今やろう、と私なりに教案を作り出した。

これには、膨大な時間を要した。

読み手に分かりやすく伝えるのは大変なことだった。

結局、60時間分の教案を作り上げるのに、3ヶ月かかった。

後に、この教案が多くの講師を養成するときに大いに役にたった。

しかし、教えていく内容、技術は進化していくもの。

はじめての教案を作った時(1997年)から6年目。

現在(2013年)は、3度目の教案改訂に忙しいところだ。当初の教案からは内容もかなり進化し、ページ数は5倍にもなってきた。

今のところはこうして書面で残しているが、いずれは実際の研修ビデオという形に仕上げていきたい。(やりたいことが沢山。いつできることやら・・・)

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2017年 今はこの教案にプラスして 教え方の動画もできて 講師養成コースが成り立ってます!

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まゆみ
ハミング発音スクール代表の大庭まゆみです。