51.悪夢の3日間・1日目…

忘れもしない、1999年8月中旬。厄年が一気にやってきたような、怒涛の3日間がやってきた。
私はその1ヶ月前の7月に念願の命を授かっていた。けれど妊娠が分かったその日から出血していたため、不安いっぱいで病院へ行き「可能性は50%、50%でしょう」と一言。赤ちゃんの心拍確認後も出血していた。「もしかしたら障害をもって生まれるかもしれません。」それから総合病院に変えて様子を見ている時に悪夢の3日間はやってきた。 続きを読む

50.現場と経営陣の溝の深さ…

しばらくして、「ハミングバード日本総代理店」と名乗る会社の人たちが尋ねてきた。
「近いうちにハミングバードを開校します。あなたたちは、ハミングバードの看板を降ろすか、私たちのフランチャイズに加盟するか、どちらかを選んでください。」との話。
「今まで私たちがやってきたことはどうなるのですか?レッスンの教え方にしても、カリキュラムにしても、ロスのとは全く違うシステムに変わってしまっています。」と私は尋ねました。 続きを読む

49.発音の重要性と魔力を多くの人に伝えたい…

確かに、私たちは大金も持っていないし、日本全国あっという間にフランチャイズ展開なんてこともできない。
しかし、よりたくさんの人に発音を学ぶことによって、自信とプラスアルファーの力を持って欲しいという気持ちは誰にも負けないつもりだ。
そう思って、日本に帰ってからの2年間をがんばっていた。それなのに、何の話もなく、突然「はい、今後私が総代理店です。私の下で働きなさい。」といわれても・・・・とてつもない悲しさと同時に憤りさえ感じたのでした。 続きを読む

48.別のスポンサー出現にただただ悲しい思い…

聞くところによると、ロスのハミングバードの社長様が某会社と契約したのは、私達の結婚式に参列する前だったようだ。
我がハミング発音スクールは、 1997年に代々木にて実父の助けで、有限会社ハミングバードとして会社を設立したのは前述の通り。
設立して、2,3ヶ月後には実家福岡に父は戻り、実質的には私と他の講師だけでやりくりをしていた会社だ。
会社設立時、ロスのハミングバードの社長様はモデル校が日本で存続することを大いに喜んだのだったが、私たちは、モデル校になりたかったわけではなかった。 続きを読む

47. またまた,またまた現れる

それから時は過ぎ1999年夏。突然、初めて聞く名前の某会社の会長と秘書の方が訪問してきた。
「今年6月、ロサンゼルスのハミングバードと契約を結び、日本での総代理店となりました。よろしく。」とのこと。 続きを読む

No.43 アルク社のある人との出会い

6年前 発音の教材も教室もたくさん増えて、新しい人たちが、発音教えますってyou tubeで有名になって、すごい行動力って思って、ちょっと自信無くしてたとき、ある人との出会いで勇気をもらいました。それは アルク社の方がちっちゃなハミングの教室に来てくれたとき続きを読む

No.42 英語が話せるために必要なこと、教えてくれたのはシナジーの三宅裕之さん

3年後の9月のあの日、忘れもしない、不思議なことが起きた。

ハミング発音スクールの仲間たちと1年以上かけて 作り上げたDVD教材。
その頃は入会してくださる生徒さんが買ってくれてる感じだった。

2007年 2人目の子供が誕生
中国では 黄金の豚って言って その年に生まれた子どもは金運を運んで来るって。

その子が生まれて1週間後、まさに退院したその日から 教室の電話がなりまくった。 続きを読む

No.41 スパイ!?の生徒さん 

ある生徒さんに、伝えたいことがあります。

年末年始、毎日、数件 DVD教材の申し込みや、体験や入会の申し込みがきています。

私は、正月もなく 受験生である長女に付き合って 職場に来て、仕事をしています。

そしたら 今日はなんと上海から電話がかかって 教材の申し込みがきました。

この嬉しい出来事は、14年前の生徒さんの魔法のおかげなんです。 続きを読む