90.「発音なんて・・・」時代から7年

これまで長々と回想録を綴ってきましたが、ちょっとここで今の思いをまとめたいと思います。

私は26歳で経営者になった。それから2004年、7年の時が流れ、この会社は世の中で少しだが認めてもらえるようになってきた。

田舎育ちでごく平凡な生活を送り(友達からは、子供の時から波乱万丈とよく言われた。自分では普通のつもり)、多くの人が夢みるような留学生活を楽しみ、その後は普通に結婚して・・・と思っていた。

ところが21歳渡米し、ある事件をきっかけに人生が変った。
さらに26歳、1通の手紙を境に考えてもしなかった経営者になることになった。

しかも、かつて一番嫌いで苦手だった「英語の発音」を教えるという学校を開校することになった。

お金儲けが出来ると思って始めたわけではない。
事実、ロスの恩師が経営する発音教室に携わっていたとき、決して儲かっているとは思えなかった。

逆に発音教室という普及していないものを広めようとする際の経営の大変さを垣間見ていた。

英語が必要とされるアメリカでさえだ。アメリカでも正しい発音を学びたいと考える日本人は一握りだったのに、日本で誰が発音なんて勉強するだろうか?

時は、1997年。時代はとにかくネイティブと話そう、ネイティブと話せば英会話ペラペラ!と、英会話スクール全盛期の時代。

「英語はネイティブ」という時代に、どうして日本人講師に、しかも英語の発音を、教えられるわけがない、と笑われた時代。

その時代に、親に頭を下げ、枯れてなくなるのでは、と思うほど涙を流し、多くの屈辱、挫折を味わい、両親の期待を裏切り、娘、主人を巻き添えにし、お金にはならないだろうと誰も疑いもしなかった事業を始めた。

26歳2万円の貯金で、しかも経営の知識ゼロ。OL経験もなし。

社会の厳しさを何も知らないノー天気な小娘が無謀なことを初めて7年たった。

現在の姿を7年前に、誰が予想できただろう?多くの人が馬鹿なことを、無茶なことをとあざ笑った。

一番身近な主人だってそう一番感じていた、発音教室で生活ができるわけないと。

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