ハミング発音スクール 誕生秘話

40.病気と転勤により仲間の講師が去る

1998年2月下旬。嵐はまた突然やってきた。一緒に頑張ってきた先生Hさんから、突然の電話。
「子供ができたんだけど、卵巣脳腫ができて・・・ごめん。もう仕事できない。」私は絶句した。
昨日まで元気に一緒に働いていた彼女が明日からもう来ない・・・。

旦那様も働くことに反対し始めたこともあり、もう何も言えなかった。

そして、後に残されたのは、筑波から3時間もかけて通っていた講師Fさんと私の2人。
2人で頑張ろうと決めた。

しかし、Hさんの電話から1週間後、Fさんから「主人が仙台転勤が決まったの。1ヶ月後。ごめん。」との話。

3月末には、私は1人になってしまう。どうしよう・・・。

そんな不安をよそに、相変わらず父親からは、「年度計画をだしなさい。」との課題が。

さあ年度計画って何?落ち込んでいる時間もなく、また本屋通い。

本を買って読んで作って、父親から却下され、またやり直す毎日。

英語しか勉強してこなかった私が、「借方、貸方、試算表、振替伝票、元帳」と難しい言葉と向き合う。

月々の経理も税理士さんにお願いすれば、簡単なこと。

でも父親の経営方針は自分でやるべきだと譲らない。

「経営の勉強、しとけばよかった・・・」と悔やんでも仕方が無かった。

経営も不安いっぱいの上、一緒に手伝ってくれている先生もいなくなってしまう

。けれど、ハミング発音スクールという命はもう生まれ育っている。

平日は、レッスンをこなし、夜や週末は父の寮に行き、経理の勉強。歯を食いしばって頑張った。

ABOUT ME
まゆみ
ハミング発音スクール代表の大庭まゆみです。