ハミング発音スクール 誕生秘話

24. ロスでの生活にピリオド…

卒業してまもなく、「よし!すぐにでも帰国しよう。そして塾で働きながらでも、ハミングバードをやっていく方法を見つけよう。」と決心。

とても良くしてくれていたハミングバードの社長様。

そしてチーフであるLuna。
留まるように何度も声をかけてくれた。ビザも手配し、専任講師になるようにも誘ってくれた。

「あと1年でもいいから一緒にやってくれないか。」といわれたときには、さすがに悩んだ。

けれど、私の性格からして、今帰らずここに留まれば、一生帰らずにロスで過ごすことになるだろう。

 そして、夏には帰国を決心。実家福岡に戻り、塾の講師をしながら、ハミングバードを始める方法を探そうと決めた。

それならば、と社長様から「東京でハミングバードをやっているS氏を手伝って欲しい。スポンサーを探すのに、ちゃんとしたモデル校の存在が必要だ。」と頼まれた。

現在S氏は、本業が忙しくハミングバードは2の次になっている状態という。東京か・・・と悩んだ。

福岡北九州のど田舎で育った私。家の周りは、田畑、海、畑。高校は船に乗って通うというぐらい田舎で育った私が東京で生活できるのだろうか?不安はつのった。

しかし、幸いにして、父親がちょうど単身赴任で東京にいた。また親戚がいた。そして 2人を頼って上京を決意。

こうして私は1997年7月

5年近くいたロスを後にし、不安と期待を胸に飛行機に乗った。

一番、名残り惜しかったのは、慕って通ってきてくれた生徒さんたち。

70人近くの生徒さん全員に、直筆のカードを渡した。東京にきた時には、是非ご連絡ください、と。今も忘れたころに、その頃の生徒さんから連絡がある。嬉しい限りです。

ABOUT ME
まゆみ
ハミング発音スクール代表の大庭まゆみです。