英語の発音スクール 誕生秘話

42.ホームページの立ち上げ…

1998年10月。夏ごろからとりかかった、ホームページがようやく形になりめでたく立ち上げ。
当時はまだまだ、ホームページは普及していなかったころ。
ソフトを購入して、自分たちで作成にあたった。 続きを読む

41. なんとか乗り切った1998年…

1998年4月。私は一人になった。するべきことは、講師育成。
大阪では、3月末で講師育成が終ったため、数名の先生が巣立っていった。
(その後も何度かレッスンを見に行ったり、合同研修を行ったりした。先生の数も増え、こうして私の子供、孫、ひい孫が育っていることは嬉しいことです。)

そして東京でも、講師育成を頑張らなくては。 続きを読む

40.病気と転勤により仲間の講師が去る

1998年2月下旬。嵐はまた突然やってきた。一緒に頑張ってきた先生Hさんから、突然の電話。
「子供ができたんだけど、卵巣脳腫ができて・・・ごめん。もう仕事できない。」私は絶句した。
昨日まで元気に一緒に働いていた彼女が明日からもう来ない・・・。 続きを読む

39. 初めての営業

当時は、二十代後半の女性2人とレッスンを進めていた。
輪が広がりつつあったその当時の生徒数は決して大人数ではなかったが、生徒さんはとても満足し、とても楽しんでくれていた。 続きを読む

38.口コミとマスコミで徐々に…

学校を開き、教室を作っただけで、「発音矯正学校」を広める手立てはなく、お先は真っ暗。
しかし、徐々に生徒さんが生徒さんを紹介してくれて・・・という口コミで少しずつ広がっていった。
この生徒さんの紹介というのは今でも嬉しいものです。 続きを読む

37. 引越し、教室作りの地道な毎日…

1997年12月。いよいよ代々木の地に、新しい教室の準備が始まった。
まずは、教室を区切るパーテーションをいれる工事。そして引越し。年末年始は大忙しで、引越しソバと年越しソバを一緒に食べた。 続きを読む

36.チャレンジの舞台…

渋谷駅周辺にこだわって探したがなかなか見つからなかったため、少し範囲を広げて原宿、代々木駅を探して回った。
渋谷駅を見た後なので、原宿駅、代々木駅の大きさには、ちょっとがっかりした。
こんなところで宣伝効果あるのかな?でも贅沢はいってられない。 続きを読む

35.事務所探し 断られる英語教室…

恵比寿の教室は、マンションの1室だった。
今度はもっと人目につく場所でオフィスを探そうと、不動産巡りで歩き回った。
・・・といっても東京の地理はちっともわからない。
どこがいいのか、どこに何があるのか、自分の足で探すしかなかった。 続きを読む

34.怒涛の会社設立

父が協力するといってくれてから、行動が早かった。
その日のうちに九州にいる母に電話をかけ、「会社設立の手続きをしておくように」の一言。
私には、事業計画と収支計画を出すように一言。「!?」今まで、英語の勉強しかしていなかった私、経営の言葉は何ひとつ耳にしたことがなかった。 続きを読む