61.悪夢の3日間・3日目

やっと眠りにつけた4時間後には、ふたたび学校でO氏と向かいあっていた。
2000年春には、総代理店が学校を開くことになっていた。
その時に、基本的に詳細は話し合いの上、傘下に入るということで長かった話し合いは幕を閉じた。

基本的に傘下に入るという方向性をつけないと、O氏はロスに帰れなかったようですが。

それから2000年春までの8ヶ月間、私達の歩むべき道を決めなければならなかった。
この3日間の苦しさと、これからの不安で涙が止まらなかった。

そんな時、一緒にがんばっていこうと多くの生徒さんたちが励ましてくれた。

応援してくれる先生、仲間や、生徒さんがたくさんいたからこそ、その後も頑張れた。

その日の夜は、お腹にいる赤ちゃんに「無理してごめんね。そしてよく頑張ったね」と謝って眠りについた。

そのときの命が今、4歳になる長女です。

妊娠中止まらなかった出血も途中で止まり、なんとか生まれてきたのですが、生まれて2.3週間後から子供に異変がおこり、2000年は育児も仕事も大変な年になったのでした。

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