51.悪夢の3日間・1日目…

忘れもしない、1999年8月中旬。厄年が一気にやってきたような、怒涛の3日間がやってきた。
私はその1ヶ月前の7月に念願の命を授かっていた。けれど妊娠が分かったその日から出血していたため、不安いっぱいで病院へ行き「可能性は50%、50%でしょう」と一言。赤ちゃんの心拍確認後も出血していた。「もしかしたら障害をもって生まれるかもしれません。」それから総合病院に変えて様子を見ている時に悪夢の3日間はやってきた。

悪夢の3日間の1日目午前中。病院に行き、即自宅安静といわれた。

それでも出社。なぜならその日の午後、「ハミングバード日本総代理店」の代理の人が訪問する予定だったからだ。

「ハミングバードの看板をおろすか、加盟店として働くか。」の選択を求められて、何の答えも出していなかったので、話をまとめる為にわざわざロスから代理の人がいらしたのだ。

実際会ってみると、以前話に出てきた某新聞社の社長O氏だった。

O氏の話によると、最初はO氏が日本全国で展開予定だったが事情により、日本以外で展開するつもりとのこと。

まずは、アメリカで、4,5箇所。日本では、その方の紹介で今回登場してきた企業の方が受け持つことになったという。

この話を聞くと、今すぐにでも世界各地で発音教室展開が可能で、絶対うまくいく、というなんともいいお話。

・・・しかし、ロスに住んでいる時からこの発音に携わって6年以上。色々な人たちの試みをみていても、また同時に講師育成の大変さを実感している私にとって、そんなにとんとん拍子に話は進むだろうか、という疑問で一杯だった。

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