41. なんとか乗り切った1998年…

1998年4月。私は一人になった。するべきことは、講師育成。
大阪では、3月末で講師育成が終ったため、数名の先生が巣立っていった。
(その後も何度かレッスンを見に行ったり、合同研修を行ったりした。先生の数も増え、こうして私の子供、孫、ひい孫が育っていることは嬉しいことです。)

そして東京でも、講師育成を頑張らなくては。

ちょうど恵比寿で担当していたときからの生徒さん2人が、先生になりたいと興味を持っていたので早速トレーニング開始。

1人は、6ヶ月の子供持ちのお母さん。

もう1人は、専業主婦の女性。

6ヶ月の赤ちゃん用の部屋を作り、私が寝かしつけたりしながら、彼女のレッスンを行ったりの毎日を送った。

一方、代々木で開校してから5ヶ月の経営状態は最悪。

親から借りた資金500万円は尽きていた。

開業費が意外にかかりその経営状態を見て、経営者である父の目には、そろそろ引き際だと判断された。

「もう諦めれば。」の一言。

とにかく、悲しかった。

実際、銀行からお金を借りてスタートしたわけではない(銀行にお願いしても相手にはしてくれないだろう)、親にお願いして始めたもののだ。

どうしよう・・と思っていた矢先のこと。、

父からの一言以来、不思議なことに固定費、人件費もなんとか払え、1998年は乗り切ることができた。

小さな学校だったが、生徒さんたちに恵まれとても親身になってくれた。

「友達にここのこと良いよっていったからね。」

「今度は○〇さんって人を連れてくるからね。」と、多くの生徒さんたちが応援してくれたのでした。

SNSでもご購読できます。