渋谷駅に「ハミングバード日本総代理店」誕生

2000年4月!あの悪夢の3日間(総代理店が日本で大々的にフランチャイズをするという代理人の話。結論を出せない私達を前に、仕方がないので2000 年春ごろに総代理店が大々的にフランチャイズを展開する際に、詳細は話しあいをもって決める、という方向性に至るまでの3日間のこと。)から8ヶ月たった 2000年4月。私たちは、大企業の「ハミングバード日本総代理店」としての進出に怯えていた。しかもなんと代理店の場所は、目と鼻の先、同じ渋谷区にハミングバードを開校したのだった。駅でいえば、二つお隣の渋谷駅だ。
1997年に「アメリカ帰りの女性が趣味ではじめたの?」と思われるような細々としたわが社だが、「有限会社ハミングバード」の命は小さいながらも既に誕生していた。当時は登記を福岡(私の実家)で行っていたが、この同じ年ガミガミ親父の許しがでて、社長交代を機に「株式会社」に移行し登記を渋谷区に変更したのだ。そして、渋谷区で「株式会社ハミングバード」として登記した。その後、同じ渋谷区に目的がほぼ同じ、似たような名前の会社が登記されたのである。(通常はありえないらしいのだが…)。

いよいよ「その日」がやってきた。8ヶ月たち、同じ渋谷区に日本総代理店が発音矯正学校を開校したのでした。「2000年4月 ハミングバードが初めて日本に上陸!」と大々的に宣伝をする大手企業。3年も前から「ハミングバード」という看板をたて、代々木で学校を開いている私たちのこの小さいけれど大切な歩みは?私よりずっと前に、日本で広げようとしていた先人たちの歩みは?すべて無かったというの・・・と思ってはみても、悲しいが何も言えない現実。
さすが大手、私たちがいくら頑張って真似してもできないことを次々にやっていった。大金をかけて宣伝することだ。有名な習い事の雑誌に広告を載せようと思うと、名刺のようなサイズの広告でも目がとびでる値段だ。その宣伝を惜しみもなく続ける日本総代理店。一度掲載したら止められない、地獄の悪循環。もし掲載を止めたら、つぶれたと思われるらしい!
これまでの日記を読んで頂いてお分かりかと思うが、私たちはそんなことはできず、生徒さんの協力のもと、口コミだけで広まったのだ。細々とコツコツ地味にやってきたのだ。

そして、「渋谷の学校と代々木の学校は姉妹校ですか?」という問い合わせが相次いだ。「教材は同じなのですが、経営者が違うんですよ。」としか説明できない日々が続いた。しかし、そんなある日、「渋谷が本部なので、近いうちに代々木はなくなるって聞いたんですが。」という問い合わせの電話を頂いたこともあった。
唖然。言葉がなかった。確かに1999年の頃に総代理店が望んでいたのは、当社の買収または倒産であろう。しかし、子の立場で契約の条件を提示できるわけもなく、何の連絡もないまま、時は過ぎた。きっと「ほっといても、すぐに潰れるだろう。根をあげるだろう。」と思っていたのだろうか? そう思うのは当然だろう、こんな小娘がはじめた学校だ。または、最初から眼中にはなかったのだろうか?こんな調子で、私たち代々木のハミングバードの存在は、まったくまるで無いかのように扱われ、時がたったのだった。結局、日本総代理店のフランチャイズの計画はどのようになったのか、知るすべもなかった。
日本総代理店が学校を開講して4年たった今、わたしたちはまったく違う道を歩き、それぞれのやり方で、それぞれが頑張っている。私たちは今まで通りコツコツと、代々木のハミングバード(現ハミング発音スクール)の生徒さんたちと共に、地道に歩んで行くつもりだ。

目と鼻の先に日本総代理店ができて、しばらく経ったころだろうか。フランチャイズの契約書類がメールで届いた。ちょうどその頃、私たちは「フランチャイズとは」といものを勉強中だった。フランチャイズの親分は何をしてくれて、その子分はどうあるべきのか、といったことを調べたり、専門の人に相談したりしていた。そのメールの契約書の内容で、私たちの歩むべき道が決まる。不安と期待いっぱいで目を通した。しかし、あまりにも一方的な内容で納得しないところが多い。制限ばかりで、親として何を行ってくれるかの提示はどこにも書かれていなく、ひときわ目立つのが、目の飛び出るような高額のロイヤリティー料の支払いについての約束事ばかり。(正直、どこの企業もそんな高いロイヤリティを払うことが必要なら、経営は成り立たないだろう。)そこで、こちらからの返事として「日本総代理店の経営状態の提示」そして「フランチャイズ計画と現在の進行状況の提示」、「具体的な教授方法、先生の育成方法の提示」を求め、その他知っておかなければならないことを要求した。これは世間では至極当然のこと。高いロイヤリティを払いながら、先の見えない事業に参加することなんて出来ない。また親分として何をしてくれるのか分からないままフランチャイズに参画する企業はないだろう。
当校と、同じようにハミングバードの発音矯正スクールを開講した大阪の某大手企業もそうだ。当初は、学校のカリキュラムの一環だったが、今は私たちと同じように個人を相手に学校を開いている。同じように考え、親として何をしてくださるのですか?フォローは?という回答を待ち続けていたが、返事がないので、今は、テラ発音メソッドとして独自で行っている。(大阪には先生として育った子、孫、曾孫がいるので、時間が許せば大阪に訪問したく思っている。以前は、何度か大阪の先生がこちらにきて、合同研修をしたり、当校のスタッフを引き連れ、大阪でお互いレッスンをして、研修を重ねたりしていた。今は、おそらく大阪の企業と日本総代理店との関係も宙ぶらりんなので、研修を行いたくても、できない状態だ。)私たちと言えば、やぱっり提示した質問に、明確な回答をもらえないまま時が過ぎていった。その後、当スクールは日本総代理店とフランチャイズ契約を交わさないまま交渉が自然に途絶えてしまった。

日本全国に、同じ「ハミングバード」という看板を立て、同じ教材を使う色々な企業があちこちに存在する。最近、またまた新しい企業が、ハミングバード発音サポートを行いながら、教材販売をしているようだ。憶測ではあるが、渋谷の日本総代理店とは全く関係ないようだ。さらには、ロスのハミングバード教材を部分的に取り入れて教材を作り、自分達のメソッドとして指導している企業も出てきたようだ。また、本家ロスのハミングバード校のすぐ近くでも、ある方が「ブルーバード」といって発音矯正学校を開いたようだ。
ある一面、それだけ発音に興味を持つ人が増えたことは喜ばしい。また、多くの企業、個人がハミングバードを良いと感じるから、あっちこっちで学校を開くのも嬉しいことだ。・・・と思う反面、日本全国あちこちの存在するこれらの企業、学校が統一または協力され、手を取り合いながらやっていけば、もっと違う良い形になって広まったのではと思う。お客様の立場で考えれば紛らわしい迷惑な話で、本当に申し訳ないと思います。と、思っても私たちは権利、権限をもっているわけではないので、このような現状になってしまって残念で仕方がありません。何とかならないものかと、思案しているうちに時が経ってしまったのでした。

このように、「8つの口の形で発音を教える」というハミングバード方式、教材を取り入れた似たような学校が多くなった。けれど、「どこの学校の発音教授法がいい」とか、「どこの学校が悪い」とか、そういうことはまったく無いと思う。それぞれ各自が研究し、問題点を改善をし、独自のやり方でやっているのだから。お客様から見ると複雑で、「いろいろと問題があるのかな?」とか、「ハミングバード方式はどうなっているの?」と困惑するかと思うが、今は全てのところが独自路線。それぞれの学校が、それぞれ違う良いところがあるのではと思う。それらの事をふまえて、皆さんの目標、スケジュール、予算、個人的な相性を確かめ、また実際に自分の目で確かめ、入学を決める方が多くなっています。
どの学校がいいのか?それは、実際に問い合わせたり、体験に行かれて決めるのが一番です。

「すぐ近くに同じ学校の名前があります。どう違うのですか?」お客様が大変困惑している様子が伝わってきた。また「応対がよくないわよ。」と、クレームの連絡をもらって、話を聞くとうちの学校ではなかったり…。間違えるのも無理ない話だ。
そこで、ひとつの方法として、会社名は株式会社ハミングバードのままで、学校名を変えようとスタッフ全員で話しあいをもった。知名度は低いといえども、日本で開校して4年。ネットの力もあり、やっと4年かけて広まった「ハミングバード」の名前を全く別にするのには抵抗があった。そして、落ち着いたのが「ハミング発音スクール」。そしてその頃、新に出来上がりつつあった発音習得方法を「ハミング8(エイト)メソッド」と名づけることで全員一致した。
「8メソッド」とは、発音習得の方法を8つのステップを踏んで習得する方法だ。(呼吸方法を土台に筋肉を作り、音に流れを作って、強弱を作っていくのだ。)8(エイト)と8(はち)をかけて、キャラクターは、蜂(はち)にした。
この蜂二匹、最初はブサイクだなあと思っていたが、見慣れてくるとかわいいキャラクターです。
そして、今は「会社名 株式会社ハミングバード・学校名 ハミング発音スクール・メソッド名 ハミング8メソッド」となんとか定着してきた。

これまで長々と回想録を綴ってきましたが、ちょっとここで今の思いをまとめたいと思います。
私は26歳で経営者になった。それから7年の時が流れ、この会社は世の中で少しだが認めてもらえるようになってきた。
田舎育ちでごく平凡な生活を送り、(友達からは、子供の時から波乱万丈とよく言われた。自分では普通のつもり)多くの人が夢みるような留学生活を楽しみ、その後は普通に結婚して・・・と思っていた。ところが21歳渡米し、ある事件をきっかけに人生が変った。さらに26歳、1通の手紙を境に考えてもしなかった経営者になることになった。しかも、かつて一番嫌いで苦手だった「英語の発音」を教えるという学校を開校することになった。お金儲けが出来ると思って始めたわけではない。事実、ロスの恩師が経営する発音教室に携わっていたとき、決して儲かっているとは思えなかった。逆に発音教室という普及していないものを広めようとする際の経営の大変さを垣間見ていた。英語が必要とされるアメリカでさえだ。アメリカでも正しい発音を学びたいと考える日本人は一握りだったのに、日本で誰が発音なんて勉強するだろうか?時は、1997年。時代はとにかくネイティブと話そう、ネイティブと話せば英会話ペラペラ!と、英会話スクール全盛期の時代。「英語はネイティブ」という時代に、どうして日本人講師に、しかも英語の発音を、教えられるわけがない、と笑われた時代。その時代に、親に頭を下げ、枯れてなくなるのでは、と思うほど涙を流し、多くの屈辱、挫折を味わい、両親の期待を裏切り、娘、主人を巻き添えにし、お金にはならないだろうと誰も疑いもしなかった事業を始めた。26歳2万円の貯金で、しかも経営の知識ゼロ。OL経験もなし。社会の厳しさを何も知らないノー天気な小娘が無謀なことを初めて7年たった。現在の姿を7年前に、誰が予想できただろう?多くの人が馬鹿なことを、無茶なことをとあざ笑った。一番身近な主人だってそう一番感じていた、発音教室で生活ができるわけないと。

ロスのハミングバードのモニター学校として恵比寿に発音矯正学校を開校したのが1996年。その後、色々な出来事が起こり(過去の回想録参照)ロスから独立して発音矯正学校を立ち上げてから8年が経とうとしている。かつて吹けば飛ぶような、いつ潰れてもおかしくないような学校が、今ではハミング発音スクールとしてマスコミに取り上げられたり、本を出版し、全国から問い合わせが増加してきました。開校当初は、通学生徒さんは、月にのべ20人?程度。それが今では月にしてのべ1000人近くの生徒さんが代々木ハミング発音スクールに足を運んできてくれる。加えて出張レッスンの依頼も増え、忙しい毎日が続いてる。一番嬉しいのは、多くの生徒さんが発音練習することで、色々な面で自信をつけてくれていること。この回想録をよんで、「えーそんなに発音を練習する生徒さんがいるの?どういう人?きっと仕事で必要なのね。」と思われるかもしれません。「そうか自分もがんばろう!」と思って頂けたり、あー自分も同じ経験したな。」と励まされ、何か始めようとするきっかけになればと思います。